問われるネットワークの中立性――拡大するインターネット空間(下)
インターネットが作り出す「空間」が、いま大きく拡大しようとしている。インターネット上の住所・番地を構成するドメイン名とIPアドレスの仕組みが広がろうとしているからだ。その未来を論じるとき、私たちが常に頭に置かなくてはならない、基本的な考え方がある。それは「ネットワークの中立性」だ。
前回までに、IPv4枯渇問題と、その解決策であるはずのIPv6の導入によって起こる「IPv6マルチプレフィックス問題」を紹介した。連載最後の今回は、ネットワーク中立性とは何か、なぜそれが重要なのかを考えてみたい。
■FCC、「ネットワーク中立性」維持へ規制強化
9月21日、オバマ大統領が起用した米連邦通信委員会(FCC)のゲナコウスキー委員長が「ネットワーク中立性」の原則を維持する政策方針を打ち出した、というニュースが飛び込んできた。
ゲナコウスキー委員長はこの日、ワシントンにある有力シンクタンク・ブルッキングス研究所でスピーチした。その中で、ブロードバンドの普及に伴い、VoIP(インターネット経由で音声データをやりとりする電話システム)やP2P(ピア・ツー・ピア、端末同士で直接データを交換する方式)などのサービスに制限を加える電話会社やCATV会社系のISP(インターネット接続事業者)が増え、ネットの中立性が問われる状況になってきたと指摘し、こうしたISPの動きに対し規制強化する新政策の導入を発表したのだ。
彼はまず、消費者にとって選べるISPが減ってきたこと、電話会社やCATV会社にとっての収益源である電話やケーブルテレビが「スカイプ」などのインターネット電話や「YouTube」などの動画共有サービスに収益を脅かされていること、インターネットのトラフィックが2年で2倍のペースで急増していることの3点を指摘した。その上で「イノベーションを可能にするインターネットのオープンなアーキテクチャー」の重要性を強調し、これを維持するためにFCCはこれまでのネット中立性の4原則に加えて、新たに2原則を追加すると発表した。
FCCは2005年、「ブロードバンド4原則」を発表し、消費者にはアクセス、アプリケーション利用、機器の接続、提供事業者のいずれの面でも合法の範囲内で「選択の自由」が保証されるべきだとした。今回この4原則に「不当な取り扱いの禁止」と「透明性の原則の徹底」という2原則を新たに追加して、より政策としての具体的性を高める、というのである。
詳細は今後の手続きに委ねられているが、前者はブロードバンドアクセスの提供事業者に、特定のコンテンツやアプリケーションを不当に扱うことを禁止する。後者は、同じくアクセス事業者に対して、ネットワークの管理方式の公表を義務付け、P2Pなどのトラフィック制限を隠れて行うことを禁じるものだ。また、従来のブロードバンド事業者に加えて、携帯データ通信などにも適用するとの観測が強い。
オバマ政権は、経済刺激策の一環として、日本や韓国などに遅れをとったブロードバンドの普及に力を入れ、シリコンバレー出身のゲナコウスキー氏に陣頭指揮をとらせている。そのゲナコウスキー氏がブロードバンド普及の大前提として、「ネットワーク中立性」の強化を掲げたことは注目に値する。
■「ネット中立性原則」 米国に始まり、日本は広く定義
「ネットワーク中立性」という言葉には、様々な定義や解釈がある。この問題は、電話会社やCATV会社系のアクセス提供事業者が、インターネットのコンテンツやサービスに利用制限を加えられるかどうか米国で議論になったことに端を発している。2003年、コロンビア大学のティム・ウー教授が「ネットワーク中立性とブロードバンドの差別」という論文を発表した頃から、政策論議が盛んになっていった。
わが国でも、総務省が2006年から「ネットワークの中立性に関する懇談会」を開催し、ISPのコスト負担問題、P2Pトラフィック制限の是非などを取り上げ、「IPネットワークでは、レイヤー間、レイヤー内のいずれにおいても、利用者の選択の自由を最大限確保すること」と要約できる原則を確認している。この研究会では「ネット中立性」という言葉について、米FCCの定義よりやや広く、インフラなど下位レイヤーのサービス事業者が、市場支配力を背景にコンテンツなど上位レイヤーのサービスへの影響力を行使することを戒める、という意味で使われた。各レイヤーが認証サービスなどを独自に運用できることも重視し、たとえばモバイルでのユーザー認証の際に、通信事業者と他の事業者との間の連携に道を開こうとしている。この点は日本の特色ともいえる。
また、ゲナコウスキー委員長のスピーチでも強調されている、インターネットにおける「innovation without permission(自由な技術革新の実現)」についても、総務省研究会の報告書では、その原則を維持すべきと述べている。
